ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説
隠密
おんみつ
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江戸時代の探偵吏の総称。幕府の隠密には、初め伊賀者や甲賀者が使われたが、8代将軍徳川吉宗(よしむね)は紀州から連れてきた御広敷伊賀者(おひろしきいがもの)を改編して御庭番(おにわばん)とし、将軍直属の諜報(ちょうほう)機関に据えた。このほか目付(めつけ)の下僚である小人(こびと)目付や徒士(かち)目付なども、密命を受けて全国に飛び、市井に入り込んで情報の収集にあたった。『幕末風聞探索書』(全3巻・雄山閣出版)には、井伊大老のもとへ京都、水戸をはじめ各地に派遣された探索方からの624通にも上る報告が載っている。
[渡邉一郎]
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…江戸幕府の職名。1716年(享保1)徳川吉宗の8代将軍襲職のとき,紀州家から薬込役16人と馬口之者1人を幕府にともない,彼らを〈御庭番家筋〉と定めて隠密御用に用いたのがはじまりである。のち分家が生じて26家となり,その後22家となって幕末にいたった。…
…1858年(安政5)安政の大獄のとき京都町奉行が京都の公家や水戸藩邸,さらに水戸藩内にも密偵を送ってその動向を所司代に報告し,71年(明治4)太政官正院監部課が探偵を派遣して反政府的動向を調査したときこの名の報告書が作られた。1627年(寛永4)甲賀の隠密が四国,北九州を偵察した報告書の書名〈讃岐伊予土佐阿波探索書〉〈筑前筑後肥前肥後探索書〉は後人の命名。【金井 円】。…
…そのほか速歩の術,結印と呪文などその技法は多岐にわたる。流派は伊賀流,甲賀流をはじめ武田流,戸隠流,紀州流,楠流など各地に多数あり,その呼称も,忍(しのび),かまり,すっぱ,間諜,乱波(らつぱ),隠密など,地域や流派によりさまざまであった。【中林 信二】。…
※「隠密」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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