日本歴史地名大系 「上島寺町」の解説
上島寺町
かみしまてらまち
[現在地名]敦賀市元 町
寛文三年(一六六三)の家数二〇五、うち家持一一四・貸屋八四・寺七(寛文雑記)、享保一一年(一七二六)の家数一六九(指掌録)。天和二年(一六八二)には籠屋・蓙屋・墨屋・料理人・京大津への金取飛脚があり、さらに俵物売問屋会所が
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
寛文三年(一六六三)の家数二〇五、うち家持一一四・貸屋八四・寺七(寛文雑記)、享保一一年(一七二六)の家数一六九(指掌録)。天和二年(一六八二)には籠屋・蓙屋・墨屋・料理人・京大津への金取飛脚があり、さらに俵物売問屋会所が
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菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...