上布田村(読み)かみふだむら

日本歴史地名大系 「上布田村」の解説

上布田村
かみふだむら

[現在地名]東金市上布田

極楽寺ごくらくじ村の東に位置する。郷村帳類には下布田村(現山武町)とともに布田村一村として高付される。文禄三年(一五九四)の上総国村高帳に布田村がみえ、高三〇六石余、幕府領。のち旗本土屋領が加わる(山武郡山武町の→下布田村。天保四年(一八三三)上布田村の年貢米一九七俵余・永一二貫余(猪野家文書)。弘化三年(一八四六)の上布田村の人数一〇三、うち僧五(同文書)。旧高旧領取調帳では布田村に二記載があり、旗本土屋領一七〇石余・幕府領五石余とあるのが当村と思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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