上幡木村(読み)かみはたきむら

日本歴史地名大系 「上幡木村」の解説

上幡木村
かみはたきむら

[現在地名]大洋村上幡木

北浦東岸の台地上にあり、西は江川えがわ村。鎌倉時代に中居氏の勢力下に置かれたが、室町末期には諸領主の抗争の地となり、前駿河守幹宗書状(烟田文書)に「随而はた木との寺内代官、いまださしおき候、皆皆同心へはらうへき由被申候、明三日御勢ただはた木へ可行候」と記される。天正一九年(一五九一)佐竹氏の一族東義久の知行地となり、文禄四年(一五九五)の中務大輔当知行目録(秋田県立図書館蔵)に「五百七拾壱石二斗二升 はた木」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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