上庄内下村(読み)かみしようないしもむら

日本歴史地名大系 「上庄内下村」の解説

上庄内下村
かみしようないしもむら

[現在地名]榛原町勝俣(かつまた)

下庄内村の南に位置し、勝間田(かつまた)川の満水時には田地が冠水する湿地帯に立地する。上庄内村の飛地。正保郷帳などでは上庄内村の高に含まれたとみられる。元禄郷帳に村名がみえ、高一〇〇石余。村高は幕末まで変わらない。国立史料館本元禄郷帳では駿河田中藩領。宝永七年(一七一〇)相良藩領(正徳二年本多忠晴領知目録、享保二年本多忠通領知目録、寛延四年本多忠央領知目録)、寛政六年(一七九四)三卿の一橋領(同年一橋家領郷村高帳写)、文政一〇年(一八二七)丹波篠山藩領となり幕末に至る(同一一年榛原郡城東郡之内郷村高帳、旧高旧領取調帳)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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