上庄内村(読み)かみしようないむら

日本歴史地名大系 「上庄内村」の解説

上庄内村
かみしようないむら

[現在地名]榛原町勝田(かつた)

伏方(ふせかた)村の北に位置し、勝間田(かつまた)川の上流右岸に立地する。北は上庄内門原(かみしようないもんばら)村、南西は牧之原(まきのはら)台地へと続く。天正二年(一五七四)六月二七日の武田家朱印状(野村文書)に「勝間田上庄之内門原・のへ・安堀名職」とあり、武田氏が当地内門原などの名職を長谷河惣兵衛尉に与え、瀬尾善左衛門尉の時のように船役を免除し百姓役を勤めるよう命じている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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