上木下川村(読み)かみきねがわむら

日本歴史地名大系 「上木下川村」の解説

上木下川村
かみきねがわむら

[現在地名]葛飾区東四つ木(ひがしよつぎ)一―三丁目など

江戸時代末期に木下川村が上・下に分立して成立した村。渋江(しぶえ)村の南に位置し、北東は川端(かわばた)村、東は中川を隔て上平井(かみひらい)村、南は下木下川村(現墨田区)、南西は大畑(おおばたけ)村(現同上)、西は木下(きのした)村(現同上)。応永五年(一三九八)八月日の葛西御厨田数注文写(鏑矢記)に「上木毛河 三十丁 公田六丁」とみえ、葛西(かさい)御厨の内であった。年月日未詳の葛西御厨入部注文写および葛西御厨田数注文写(ともに同書)には「上木毛河 卅六町」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む