上本郷村・中本郷村・下本郷村(読み)かみほんごうむら・なかほんごうむら・しもほんごうむら

日本歴史地名大系 の解説

上本郷村・中本郷村・下本郷村
かみほんごうむら・なかほんごうむら・しもほんごうむら

[現在地名]大宇陀町大字本郷

迫間はさま村西方、経塚きようづか山東麓の渓谷村。古代阿騎野あきのの地か。「大和志」は「吾城野 在迫間本郷二村間」と記す。中世は興福寺大乗院に属した秋山あきやま庄に比定される。

慶長郷帳では「本郷村」とあり、村高は七〇五・一八五石。慶長六年(一六〇一)松山藩(福島高晴)領。元禄八年(一六九五)以降幕府領。寛永郷帳では「本郷、半坂共」とみえ、半坂はんさか村を分離している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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