知恵蔵 「上村愛子」の解説
上村愛子
白馬高校進学後、95/96年シーズンにワールドカップ大会に初出場して3位に入賞し、日本人選手として頭角を現す。高校3年時に出場した98年長野五輪では7位入賞。高校生のオリンピック選手としてテレビコマーシャルにも取り上げられ一躍人気選手となる。
その後もワールドカップ、世界選手権で数多く入賞し、2003年にはワールドカップ大会で初優勝するなど世界のトップ選手の仲間入りをしたが、02年ソルトレークシティー五輪では6位入賞にとどまる。採点基準の変更に苦しみ、エアーの大技コークスクリューを成功させたが、06年トリノ五輪では5位。バンクーバー五輪までにオリンピックのメダルは獲得していない。ターン技術に磨きをかけるなどの努力を続け、膝の故障から復帰した07/08年シーズンはワールドカップ大会を5連勝し、日本人初のワールドカップ種目別年間優勝を達成。08/09年シーズンには世界選手権でモーグル、デュアルモーグルの二冠を達成し、10年バンクーバー五輪への出場内定を得る。09/10年シーズンはワールドカップでの優勝こそないものの、バンクーバー五輪では金メダルの有力候補の1人と見られている。
08年、09年、文部科学省スポーツ功労者顕彰受賞。09年6月、アルペンスキー選手の皆川賢太郎と結婚。二人そろってバンクーバー五輪に出場する。
競技以外の活動として、近年は地球温暖化防止の活動にも力を入れている。
(葛西奈津子 フリーランスライター / 2010年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報