上来原村(読み)かみくるばらむら

日本歴史地名大系 「上来原村」の解説

上来原村
かみくるばらむら

[現在地名]金城町上来原

金木(かなぎ)山と雲城(くもぎ)山の間から北に延び、北は下来原村、南は徳田(とくだ)村。郷帳類では下来原村と合せて来原(くるはら)村一村で高付されている。古高三六〇石余、寛永一四年(一六三七)の検地高六三七石余。明治四年(一八七一)の総高六六二石余・反別八二町余。家数九五・人数四三六、米蔵・酒屋各一。紙漉船四一、鉄砲二五、牛五一・馬三二。保寧(ほねい)寺(現臨済宗東福寺派)、八幡社がある(明治四年万手鑑)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む