上桂村(読み)かみかつらむら

日本歴史地名大系 「上桂村」の解説

上桂村
かみかつらむら

[現在地名]西京区上桂〈今井(いまい)町・大野(おおの)町・北(きた)ノ口(くち)町・北村(きたむら)町・三(さん)ノ宮(みや)町・西居(にしい)町・東居(ひがしい)町・東(ひがし)ノ口(くち)町・樋(ひ)ノ口(くち)町・前川(まえがわ)町・前田(まえだ)町・御正(みしよう)町・宮(みや)ノ後(ご)町・森上(もりかみ)町・森下(もりした)町〉

桂川右岸平野部に位置。北を桂川と上野(かみの)村に、東を徳大寺・下津林(しもつばやし)両村に、南を千代原(ちよはら)村に、西を松室(まつむろ)・谷(たに)・下山田(しもやまだ)の各村に接する。中世の上桂庄の庄域。

元禄初年成立の「京羽二重織留」に、「上桂村 一里二十二町五十五間桂川迄一里十三町四十間」とあり、家数五八軒、寺院四ヵ寺が記される。享保一四年(一七二九)の山城国高八郡村名帳では村高八四七・五石余、内訳は三条西家領二〇〇石、日野西家領二〇〇石、禁裏御料一五三石余、清水谷家領一〇〇石、高辻家領一〇〇石、唐橋家領四四石余、その他である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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