上津部田村(読み)こうづべたむら

日本歴史地名大系 「上津部田村」の解説

上津部田村
こうづべたむら

[現在地名]津市一身田上津部田(いしんでんこうづべた)

中野(なかの)村の南西にあり、低い丘陵に沿い、東は大部田(おおべた)村に接する。村名について、「神鳳鈔」に「部田御厨二十八丁」とある「部田」は端の意味があり、津の上端の意から上津部田と称されるようになったとする説(河芸郡史)、また、伊勢神宮に施入された封戸の耕作する田すなわち戸田(へた)にかかわるとの説がある。また村域の中央にある勝久(しようきゆう)寺蔵の大般若経巻第二三一の末尾に「応永五年□月十八日於伊勢国安芸郡大古曾御厨勝久寺書之」との奥書があり、室町時代には大古曾(おおごそ)御厨の一部であったことも知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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