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伊勢神宮 いせじんぐう

9件 の用語解説(伊勢神宮の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

伊勢神宮
いせじんぐう

三重県伊勢市所在の皇大神宮(内宮。祭神アマテラスオオミカミ)と豊受大神宮(外宮。祭神トユケノオオカミ)両社の総称。伊勢大神宮大神宮ともいうが,正式には単に神宮という。創立は 4世紀初頭。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

伊勢神宮

天照大神(あまてらすおおみかみ)をまつる皇大(こうたい)神宮(内宮)、食事などをつかさどる豊受(とようけ)大神をまつる豊受大神宮(外宮)の両正宮と、別宮、摂社・末社、所管社の計125社の総称。正式名称は「神宮」。「日本書紀」は垂仁(すいにん)天皇の時代に天照大神が鎮座する土地を皇女が探し求め、伊勢にたどり着いたと記している。これが内宮の由来とされ、神宮司庁などは2千年前にさかのぼると説明する。

(2016-05-21 朝日新聞 朝刊 3社会)

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デジタル大辞泉の解説

いせ‐じんぐう【伊勢神宮】

三重県伊勢市にある皇大神宮(内宮(ないくう))と豊受(とようけ)大神宮(外宮(げくう))の総称。内宮は皇祖神である天照大神(あまてらすおおみかみ)を祭り、神体は三種の神器の一、八咫鏡(やたのかがみ)。外宮の祭神は農業などをつかさどる豊受大神白木造りで、20年ごとに遷宮を伴う改築がある。明治以後国家神道の中心として国により維持されたが、昭和21年(1946)宗教法人となった。社殿の様式は神明造り。伊勢大神宮。伊勢大廟。二所大神宮。神宮。

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百科事典マイペディアの解説

伊勢神宮【いせじんぐう】

三重県伊勢市に鎮座。皇大神宮(内宮(ないくう))と豊受(とようけ)大神宮(外宮(げくう))とからなり,合わせて〈神宮〉という。皇大神宮には皇祖神である天照大神を,豊受大神宮には五穀の神である豊受大神をまつる。
→関連項目足代弘訓足羽荒木田氏荒木田守武伊弉諾尊・伊弉冉尊五十鈴川伊勢[市]伊勢暦伊勢路伊勢志摩国立公園伊勢商人伊勢新名所歌合絵巻伊勢国伊勢派伊雑宮宇治大河土御厨(大河戸御厨)大国荘大野荘(石川)大庭御厨大湊(三重)御師小山荘葛西御厨柏木御厨春日大社蒲御厨熊野街道慶光院皇学館大学国家神道籠神社斎戒【さる】田彦大神三社託宣神祇志料神明社政教分離相馬御厨蘇原御厨大麻玉垣中河御厨八幡信仰火鑽臼二見[町]二見御厨真継家三重[県]宮川役夫工米山田山田奉行両部神道度会氏

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防府市歴史用語集の解説

伊勢神宮

 三重県伊勢市にある皇室の祖先をまつった宮です。神明造[しんめいづくり]という独特のつくりかたの建物で知られています。江戸時代には庶民による伊勢詣[いせもうで]がさかんに行われました。

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デジタル大辞泉プラスの解説

伊勢神宮

三重県伊勢市にある神社。内宮は第11代垂仁天皇の御代、外宮は第21代雄略天皇の御代の創祀とされる。祭神は天照大御神(あまてらすおおみかみ)(内宮)、豊受大御神(とようけのおおみかみ)(外宮)。内宮、外宮、別宮など125社宮の総称。正式名は神宮。国指定史跡旧林崎文庫のほか多くの国宝、文化財がある。お伊勢さんとも呼ばれる

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世界大百科事典 第2版の解説

いせじんぐう【伊勢神宮】

三重県伊勢市にある皇大神宮(図1)と豊受(とゆけ)大神宮(図2)の総称。前者を内宮(ないくう),後者を外宮(げくう)といい,両宮を併せて伊勢大神宮,大神宮,二所大神宮などとも呼ばれたが,現在では,神宮を正式の名とし,一般に伊勢神宮と呼ばれている。内宮は天照坐皇大御神,その神体として八咫(やた)鏡を祭り,天手力男(たぢからお)命と,瓊瓊杵(ににぎ)尊の母にあたる万幡(よろずはた)豊秋津姫命を合祀し,別宮10社,摂社27,末社16,所管社30などを併せている。

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大辞林 第三版の解説

いせじんぐう【伊勢神宮】

三重県伊勢市にある神社。皇大神宮(内宮ないくう)と豊受とようけ大神宮(外宮げくう)からなる。正式名称は神宮。皇居の祭祀する最高の存在として社格を超越するものとされた。古くは私幣は禁止されていたが、中世以降、伊勢講などによる民間の参宮が盛んになった。明治以後国家神道の中心となったが、1946年(昭和21)以降は一宗教法人。正殿は神明造りといわれる神社建築様式の代表的なもので、20年ごとの式年遷宮の制を伝える。伊勢大神宮。 → 神明造り

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

伊勢神宮
いせじんぐう

三重県伊勢市に鎮座。古くは伊勢太神宮(だいじんぐう)、二所皇太神宮(にしょこうたいじんぐう)などと記され、現在も伊勢神宮、また「お伊勢さん」と称されるが、正式にはただ神宮という。ほかに明治神宮、橿原(かしはら)神宮、熱田(あつた)神宮などと神宮号をつけた神社があるが、それらと社格が異なり、神宮は古来、最高の特別格の宮居とされている。神宮は、皇大(こうたい)神宮(内宮(ないくう))と豊受(とようけ)大神宮(外宮(げくう))の二所の正宮(しょうぐう)と、それに付属する宮社よりなっている。[鎌田純一]

鎮座由緒

皇大神宮は伊勢市宇治館(うじたち)町、五十鈴(いすず)川の川上にあり、天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)を祀(まつ)り、相殿(あいどの)に天手力男神(あめのたぢからおのかみ)、万幡豊秋津姫命(よろずはたとよあきつひめのみこと)を祀る。古くはただ太神宮、また伊須受能宮(いすずのみや)などともよばれた。この皇大神宮の鎮座由緒については、『古事記』『日本書紀』によると、天孫降臨にあたって、天照坐皇大御神が八咫鏡(やたのかがみ)を授け、「この宝鏡を視(み)まさんこと、まさに吾(われ)を視るがごとくすべし。ともに床を同じくし殿をともにして、斎鏡(いわいのかがみ)とすべし」といわれたことを受け、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)、彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)、鵜葺草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)の日向(ひゅうが)三代を経て、神武(じんむ)天皇より崇神(すじん)天皇の代まで同床共殿、すなわち皇居の中にともに祀っていた。しかし、崇神天皇はそれを畏(おそ)れ多いこととして別殿で祀ることとし、初め大和(やまと)(奈良県)の笠縫邑(かさぬいのむら)に祀り、さらによい宮処(みやどころ)を求めて伊賀(三重県中西部)、近江(おうみ)(滋賀県)、美濃(みの)(岐阜県南部)、尾張(おわり)国(愛知県)を経て、垂仁(すいにん)天皇25年(一説に26年、神宮では26年説をとる)現在地に奉斎したと伝承する。
 豊受大神宮は伊勢市豊川町、山田原(やまだがはら)にあり、天照坐皇大御神の御饌都神(みけつかみ)、つまり食物の神である豊受大神(とようけおおみかみ)を祀り、相殿に御伴神(みとものかみ)3座を祀る。豊受宮、度会宮(わたらいのみや)などともよばれた。この豊受大神宮の鎮座については記紀に記述はない。804年(延暦23)撰(せん)の『止由気宮(とゆけぐう)儀式帳』がそれを記す最古の書であるが、それによると、天照坐皇大御神の神託により、雄略(ゆうりゃく)天皇22年に丹波(たんば)国(京都府北部)比治(ひじ)の真奈井(まない)の原より現在地に迎え祀り、この宮に御饌殿(みけでん)をつくり、天照坐皇大御神に日別(ひごと)朝夕の大御饌(おおみけ)を奉ることとしたという。[鎌田純一]

社殿

神宮社殿に関する記録の最古のものは奈良時代の正倉院文書(もんじょ)にみられるが、形式、規模ともに現代と大差なく、古くから唯一神明造(ゆいつしんめいづくり)であったことが知られる。すなわち、切妻造(きりづまづくり)、平入(ひらいり)の萱葺(かやぶ)きで、柱は丸柱の掘立(ほった)て式、素木(しらき)造で、屋根に千木(ちぎ)、鰹木(かつおぎ)がある。『太神宮諸雑事記(しょぞうじき)』に、この社殿は、天武(てんむ)天皇のとき(7世紀)、20年ごとに建て替えられる式年遷宮(しきねんせんぐう)の制度が定められたとあり、以後690年(持統天皇4)に皇大神宮の遷宮、692年に豊受大神宮の遷宮が行われ、戦国時代に乱れたこともあったが、現代にその制度が伝えられている。両正宮の正殿は南面し、その両側に東宝殿、西宝殿(内宮は正殿の後方、外宮は前方)がある。それを囲んで瑞垣(みずがき)、内玉垣(うちたまがき)、外玉垣(とのたまがき)、板垣(いたがき)の四重の御垣(みかき)を巡らす。外宮には板垣内、東北隅に御饌殿がある。[鎌田純一]

付属社・神域

皇大神宮、豊受大神宮のそれぞれに付属する宮社には、別宮(べつぐう)、摂社(せっしゃ)、末社(まっしゃ)、所管社(しょかんしゃ)がある。別宮は付属の宮社のなかでも重んじられており、皇大神宮に荒祭宮(あらまつりのみや)、月読(つきよみ)宮、月読荒御魂(あらみたま)宮、伊佐奈岐(いざなぎ)宮、伊佐奈弥(いざなみ)宮、滝原(たきはら)宮、滝原竝(ならび)宮、伊雑(いざわ)宮、風日祈(かざひのみ)宮、倭姫(やまとひめ)宮の10社があり、豊受大神宮に多賀(たか)宮、土(つち)宮、月夜見(つきよみ)宮、風(かぜ)宮の4社がある。摂社、末社は、延喜(えんぎ)の制で官社とされていた社を摂社、そうでない社を末社とした。皇大神宮には摂社27社・33座、末社16社・16座があり、豊受大神宮には摂社16社・17座、末社8社・8座がある。所管社は皇大神宮に30社、豊受大神宮に4社、別宮の滝原宮に3社、伊雑宮に5社ある。これらの付属社は伊勢、松阪、鳥羽(とば)、志摩(しま)の4市、三重県下の度会(わたらい)、多気(たき)の2郡にわたって鎮座している。
 神宮の神域は、現在、豊受大神宮が約89.4ヘクタール。皇大神宮は正殿周辺の約95ヘクタールのほかに、宮域林5400ヘクタールを有しているが、古くは度会、多気、飯野(いいの)郡を神三郡(じんさんぐん)と称して神領としていた。また、神饌(しんせん)として供える御料(ごりょう)も、古儀を重んじ清浄を期して、御料米(ごりょうまい)は神田(しんでん)(伊勢市楠部(くすべ)町)、塩は御塩浜(みしおはま)、御塩殿(伊勢市二見町)、野菜や果物は御園(みその)(伊勢市二見町)、アワビなど海産物は御料鰒(ごりょうあわび)調製所(鳥羽市国崎(くざき))のように、およそその生産地を限定している。[鎌田純一]

神職・祭儀

神宮の奉仕者として、もと斎王(さいおう)、祭主(さいしゅ)、宮司(ぐうじ)、禰宜(ねぎ)、内人(うちんど)、物忌(ものいみ)らの職制があった。斎王は、歴代天皇がその即位後、規定により皇女また女王を卜定(ぼくじょう)し奉仕させることとなっていて、その制は後醍醐(ごだいご)天皇の代まで続けられた。また律令(りつりょう)体制が崩れるとともに、祭主、宮司は中臣(なかとみ)氏の世襲となり、禰宜は、皇大神宮は荒木田(あらきだ)一族が、豊受大神宮は度会一族が古くから就任することとなっていたが、1871年(明治4)すべてその世襲制を廃した。その後、改めて祭主には皇族または公爵がつくことになり、以下、大宮司、少宮司、禰宜、権(ごん)禰宜などの職制が設けられた。1945年(昭和20)以後は国家管理を離れ宗教法人となったが、およそ同様の職制を踏襲している。
 祭儀には、20年ごとの式年遷宮祭のほか、恒例式として、10月17日を中心とする神嘗祭(かんなめさい)、6月と12月の各17日を中心に行われる月次祭(つきなみさい)(以上を三節祭(さんせつさい)という)、2月17日の祈年(きねん)祭、5月14日の風日祈(かざひのみ)祭、5月と10月の各14日の神御衣(かんみそ)祭などがあり、いずれも古式にのっとり行われている。内宮と外宮との祭祀(さいし)や参拝の順序は古来、外宮を先とするのが習わしである。
 神宮の事務全般をつかさどる機関に神宮司庁がある。なお神宮の付属施設として神宮文庫、神宮徴古館(ちょうこかん)、農業館があり、神宮関係の資料、神宝などを公開している。[鎌田純一]

伊勢神宮領

古代律令制下の伊勢神宮領として、神戸(かんべ)と神田(かみた)の2種があった。神戸は神社に献ぜられた封戸(ふこ)の意味で、伊勢神宮については、大和国、伊賀国、伊勢国、志摩国、尾張国、参河(みかわ)国、遠江(とおとうみ)国など伊勢国を中心として東海地方に展開し、大同(だいどう)元年(806)には1130戸が認められた。また、神田は祭祀料田・職掌人給田であって神宮近辺に集中し、延喜年間(901~923)に36町1段を数えた。律令制の解体とともに、これら神戸・神田などは、祭主・宮司一族大中臣(おおなかとみ)氏の所領としての性格を強めるに至った。なお、伊勢国13郡のうち、神宮膝下(しっか)の度会、多気2郡は早く神郡となっていたが、9世紀末から11世紀初頭にかけて、飯野(いいの)、員弁(いなべ)、三重(みえ)、安濃(あの)、朝明(あさけ)の5郡が神郡となり、さらに1185年(文治1)には飯高(いいたか)郡が加わって、ここに神宮直轄の「神八郡(じんはちぐん)」が形成された。11~12世紀にかけて、内宮・外宮の禰宜・権禰宜たる荒木田氏、度会氏一族を中心に、御厨(みくりや)・御園(みその)が形成され、中世伊勢神宮領の中核となった。御厨は魚貝類の貢進、御園は畠地(はたち)生産物の貢進が本来の役割であったが、中世的土地領有として同質化していった。地域的には、伊勢、志摩両国にもっとも濃密に分布し、海上交通を通じて尾張、参河、遠江の3国、さらに東海道・東山道諸国の海岸部および河川流域に設置され、のち御師(おし)の活動に伴って全国に広がった。中世の職掌人給田として前記の神田のほか戸田があり、さらに祭祀料の直営田として常供田があった。鎌倉末・南北朝期には、在地諸勢力の台頭によって御厨・御園も徐々に衰退し、御師による神宮信仰と参詣(さんけい)の勧誘、これによる諸種の収入に経済基盤は転換していった。度会神道の大成も、この信仰勧誘という現実的必要を背景としたものであった。室町期には、伊勢国は北畠(きたばたけ)氏の分国となり、1583年(天正11)北畠信雄(のぶかつ)より2500貫、1594年(文禄3)のいわゆる文禄(ぶんろく)検地ののち豊臣(とよとみ)秀吉より4600余石を与えられ、江戸時代になって6200石が幕府朱印地として認定された。[棚橋光男]
『神宮司庁編・刊『大神宮叢書』全16巻(1932~1957) ▽大西源一著『大神宮史要』(1960・平凡社) ▽桜井勝之進著『伊勢神宮』(1969・学生社) ▽福山敏男他著『神宮』(1975・小学館) ▽倉田康夫著『条里制と荘園』(1976・東京堂出版) ▽棚橋光男著『中世成立期の法と国家』(1983・塙書房) ▽石川梵著『伊勢神宮――遷宮とその秘儀』(1993・朝日新聞社) ▽田村円澄著『伊勢神宮の成立』(1996・吉川弘文館) ▽林一馬著『伊勢神宮・大嘗宮建築史論』(2001・中央公論美術出版) ▽三好和義・岡野弘彦他著『本の古社 伊勢神宮』(2003・淡交社) ▽平泉隆房著『中世伊勢神宮史の研究』(2006・吉川弘文館) ▽川添登著『伊勢神宮――森と平和の神殿』(2007・筑摩書房)』

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世界大百科事典内の伊勢神宮の言及

【天照大神】より

…天照大御神(あまてらすおおみかみ),大日孁貴(おおひるめのむち),天照大日孁尊(あまてらすおおひるめのみこと)などともよばれる。皇室祖神として伊勢神宮にまつられている。記紀では,その誕生譚,素戔嗚尊(すさのおのみこと)との誓約(うけい)生み,天(あま)の岩屋戸,国譲り神話などの諸神話に登場する。…

【伊勢講】より

…伊勢神宮への信仰をもとに結成された信徒集団。講集団のつねとして,村落共同体に根ざす素朴な信仰形態を基盤にした集団が,伊勢参宮(伊勢参り)に重きを置く方式をとるに至ったと推定されるが,その媒介のはたらきをしたのは御師(おし)である。…

【伊勢信仰】より

…伊勢神宮を中心とする信仰。伊勢神宮は元来〈国家至貴の神〉として皇室以外の奉幣を禁ずるなど,制度上重い地位にあったが,平安末期には王朝財政の衰えとともに支持が薄くなったため,神職団の一部はいわゆる御師(おし)としての活動を開始して,全国的に信徒(檀那)網を広げることに努めた。…

【伊勢神道】より

…伊勢神宮に基盤を置いて形成された神道説で,度会(わたらい)神道とも外宮(げくう)神道ともよばれる。鎌倉時代に形成されたものに限るときは,これを前期伊勢神道,江戸時代のに限るときは後期伊勢神道とよぶことがある。…

【伊勢国】より

…桑名,員弁(いなべ),朝明(あさけ),三重,鈴鹿,河曲(かわわ),奄芸(あむぎ∥あんへ),安濃,壱志(いちし),飯高,多気(たけ),飯野,度会(わたらい)の13郡を管する。伊勢神宮は,垂仁天皇の世に倭姫命が五十鈴川上に天照大神の斎宮をたてたのが内宮のはじまり,雄略天皇の世に豊受大神を山田原にまつったのが外宮のはじまりとされる。桑名郡多度町の多度神社は,鉄工業の神として古来尊崇され,788年(延暦7)の〈神宮寺伽藍縁起幷資財帳〉がある。…

【伊勢使】より

…朝廷から伊勢神宮に遣わされる勅使のこと。伊勢神宮の神嘗(かんなめ)祭にあたり幣帛供進のため遣わされる伊勢例幣使のほか,臨時に遣わされる奉幣の使をもいう。…

【伊勢参り】より

伊勢神宮への参詣。伊勢参宮ともいう。…

【ええじゃないか】より

…1867年(慶応3)8月から翌年4月ころにかけ,伊勢神宮の神符等が降下したということを契機に,畿内・東海地区を中心におこった狂乱的な民衆運動。名称は民衆が踊りながら唱えた文句に〈ええじゃないか〉〈よいじゃないか〉〈いいじゃないか〉等の語があったためであるが,慶応当時はお下り(駿河,近江),御札降り(遠江),おかげ(伊勢,河内),おかげ騒動(伊勢),おかげ祭(信濃),大踊(阿波,備前),雀踊(淡路),チョイトサ祭(信濃),ヤッチョロ祭(信濃)などと呼ばれることが多かった。…

【延暦儀式帳】より

…804年(延暦23)伊勢の内宮・外宮それぞれの禰宜・大内人らが執筆し,神祇官の検校を経て太政官へ提出した解文(げぶみ)で,内宮側の《皇太神宮儀式帳》,外宮側の《止由気宮(とゆけぐう)儀式帳》の2部よりなる。いずれも伊勢神宮関係記録中の最古のもので,《皇太神宮儀式帳》には,その鎮座由来,殿舎,三節祭の朝夕大御饌(おおみけ),遷宮の用物・装束,遷宮行事,所管神社,禰宜・内人・物忌ら職員の職掌,度会(わたらい)・多気・飯野の神三郡の沿革・経営,御調・荷前(のさき)供奉,幣帛,年中行事など23条について詳細に記され,《止由気宮儀式帳》には鎮座由来より,殿舎,朝夕大御饌行事,遷宮用物および装束,遷宮行事,所管神社,禰宜・内人・物忌らの職掌,年中行事など9条について,また詳しく記されている。のちの《延喜式》巻四の伊勢太神宮式と比べてみると,その制とほとんど一致し,あるいはその《延喜式》の祖型《弘仁式》制定の基礎として提出を命ぜられ,記されたものかとみられる。…

【大物忌】より

…伊勢神宮の古い祠官の一つで,数多くある物忌職の最も重要なもの。主として天照大神の大御饌(おおみけ)を奉仕する。…

【お蔭参り】より

…江戸時代,数次にわたりみられた伊勢神宮への民衆の大量群参のこと。御影参りとも書く。…

【垣】より

…全く同一のものを,場合によって,垣,塀,あるいは柵と呼ぶことも少なくない。 日本における木造の垣の古い形式は,伊勢神宮の神殿の周囲に見られる。最も内側にあるのは,厚板を密に縦に並べた〈瑞垣(みずがき)〉,つぎは角材を柵状に組んだ〈内玉垣〉,さらに丸太を柵状に組んだ〈外玉垣〉があり,最も外側に板塀状の〈板垣〉がある。…

【神衣祭】より

…伊勢神宮恒例大祭の一つで,皇大神宮および荒祭宮に和妙(にぎたえ)(絹),荒妙(あらたえ)(麻)の御衣を奉る祭り。神祇令によれば,孟夏(4月),季秋(9月)の2回行われ,〈此れ神服部(かんはとり)等,斎戒潔清にして,参河の赤引神調(あかひきのかんつぎ)の糸を以て,神衣を織り作り,又麻績連(おみのむらじ)等,麻を績みて敷和衣(うつはたのみそ)を織りて,神明に供す,故に神衣と曰ふ〉(《令義解》)とある。…

【国家神道】より

… 神祇官を中心とするこうした諸政策は,神道国教化政策と呼ばれている。それは,仏教を排し,伊勢神宮と宮中祭祀を頂点においた整然たる神社の階層秩序をつくりあげ,神道によって国民の宗教生活を掌握することでイデオロギー的統合をはかろうとするものであった。しかし,仏教の完全な排除には執拗な抵抗があり,仏教の国民生活への定着は度外視できなかったから,72年には教部省大教院を設け,教導職の制度を定めて僧侶も教導職に任命し,仏教や民俗信仰から生まれた講社なども組みいれた宣教体制がとられた。…

【神宮頭人】より

…室町幕府神宮方の頭人。神宮方は,伊勢神宮の造替にかかわる役夫工米(やくぶくまい)の徴収指揮権ならびに免除権を掌握していた。伊勢神宮役夫工米にかかわる事項は元来朝廷の専断下にあったが,南北朝内乱の展開過程で,国家的諸権限が朝廷から幕府に移譲されていく一般的趨勢にともない,遅くとも1396年(応永3)以前に設置されたと考えられている。…

【神社】より

… 記紀神話によれば,出雲の国譲りに際し,天照大神は大国主神に対して,日隅宮(ひすみのみや)を建造すべきことを約束し,また瓊瓊杵(ににぎ)尊が日向の高千穂の峯に降臨したとき,これを八衢(やちまた)に迎えた猿田彦神は,地上に降って伊勢の五十鈴河のほとりに退いたが,のちにその地に倭姫命がたどりつき,天照大神の神鏡を鎮祭するに至ったと伝えている。この神話は,のちの出雲大社と伊勢神宮の起源を語るもので,両宮は日本の神社の中で最古のものと考えられた。その後,崇神天皇のときに,大国主神の子大物主神を大和の三輪山にまつり,また倭大国魂神を同国の山辺郡にまつったとあるが,それらは出雲,伊勢につぐ神社であった。…

【神社建築】より

…すなわち一つの杜,一本の柱のなかに神を見いだしたのと同じ観念と感覚とに支えられて,極小の神殿をもって神の宿るところの象徴としたのであったろう。
【伊勢神宮の創立】
 神社建築がそのような原初的形態から出発したとするならば,それがのちに寺院建築と並ぶ記念的建築として完成するためには大きな転機が必要であった。それはおそらく伊勢神宮の整備と関係があろう。…

【神明社】より

…神明とは神と同義で,中国の古典《左伝》《書経》にも見え,日本でも古くから用いられた語であるが,平安時代末期ごろから天照大神をさす語としても使用されるに至った。伊勢神宮の神領(神戸(かんべ),御厨)の設定された地に天照大神の分霊を迎えて神明社が創建される例は,鎌倉時代に見えはじめ,早いものとしては1186年(文治2)鎌倉甘縄(あまなわ)の神明社が源頼朝によって修理を加えられて,〈伊勢別宮〉とされていた事例がある(《吾妻鏡》)。伊勢信仰の発展とともに,この風は神戸,御厨以外の地でもしきりに発生し,ことに南北朝期以後,今(いま)神明とか飛(とび)神明とかよんで,伊勢内外宮の神が各地に迎えられてまつられることがあいついだ。…

【崇神天皇】より

…和名を御間城入彦五十瓊殖(みまきいりひこいにえ)命という。この天皇が記紀の伝承の中で特に目だつ点は,大物主(おおものぬし)神をはじめとしてもろもろの国津神(くにつかみ)を祭り,また伊勢神宮の創始に関係したとされることである。《日本書紀》によると,それまで天皇と共殿共床の関係にあった天照大神(あまてらすおおかみ)を豊鍬入姫(とよすきいりひめ)命に託して宮廷の外に移し,いわゆる神人分離の基をつくった。…

【遷宮・遷座】より

…神殿の改修造営に際して,神霊を移すこと。この場合,遷宮は伊勢神宮にのみ用い,一般神社では遷座といい,その祭儀を遷宮祭,遷座祭という。伊勢神宮では,7世紀後半の天武朝以来20年に1度〈式年遷宮〉が行われ,中世戦乱期に一時遅延したが,現在まで続いて行われている。…

【月次祭】より

…古くは神祇官で行われたまつり。原義は月ごとのまつりであるが,令制では6月,12月の年2回としている。このとき《延喜式》巻十,十一所載の神社のうち,官幣の大社304座の神々に奉幣がなされた。《貞観儀式》などによればその後神今食(じんこんじき)を行った。伊勢の神宮の月次祭も,古来,6月と12月の年2回行われ,大祭である。10月の神嘗祭(かんなめのまつり)と合わせて三節祭(さんせつさい)とも三時祭(さんじさい)ともいう。…

【飛神明】より

…伊勢神宮の神霊が影向(ようごう)し神社としてまつられたもの。その神社は今神明と呼ばれることが多かった。…

【御厨】より

…古代・中世の皇室や伊勢神宮などの大神社に付属する,食料品調達にかかわる所領。平安時代末から鎌倉時代ごろには荘園とほとんど変わらないものとなったが,本来は荘園のような所領ではなく,厨は台所を意味し,むしろ供御(くご)物や神饌を調達するために,皇室や神社に所属した山民・海民集団の構成する機関とでもいうべき実態のものであった。…

【御薗】より

…古代,中世の皇室や伊勢神宮などの大神社に付属する,食料品調達にかかわる所領。古代の律令制のもとでは,宮内省所属の園池司と典薬寮にと薬園が付属していた。…

【役夫工米】より

…平安後期から室町期にかけ,伊勢神宮の20年1度の式年遷宮の造営費として,諸国の公領・荘園から臨時に徴収した米。〈やくぶたくまい〉ともいう。…

【山田奉行】より

…伊勢町奉行,伊勢郡代,伊勢山田町奉行などともいう。伊勢国山田は中世には伊勢神宮の門前町として発展したが,豊臣秀吉はこれを直轄地とし,神宮仕職の神部貞永を奉行に任命して支配にあたらせた。江戸幕府も直轄下に置き,1603年(慶長8)北畠氏の庶流とも,伊勢白子の町人出身とも伝えられる長野友秀を奉行に任じた。…

【例幣使】より

…朝廷より毎年,神社に幣帛を奉るため遣わされる祭使のこと。とくに,伊勢神宮神嘗祭の奉幣を例幣といい,毎年9月11日をもって発遣される奉幣使をさして,伊勢例幣使と称した。例幣使は五位以上の諸王のなかから占いをもって定め,これに神祇官の中臣,忌部,卜部が従い,これを四姓幣使とも称した。…

※「伊勢神宮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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