日本歴史地名大系 「上浄法寺村」の解説
上浄法寺村
かみじようほうじむら
[現在地名]永平寺町上浄法寺
浄法寺山南西麓に位置し、西は下浄法寺村、南西は
安永二年(一七七三)の福井藩金津領村鏡(高橋家文書)によると、石高は前記検地帳と同じで、うち五〇石は給人渡、田方六町五反余・畑方七町三反余・山畑八畝余。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
浄法寺山南西麓に位置し、西は下浄法寺村、南西は
安永二年(一七七三)の福井藩金津領村鏡(高橋家文書)によると、石高は前記検地帳と同じで、うち五〇石は給人渡、田方六町五反余・畑方七町三反余・山畑八畝余。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...