上片岡村・下片岡村(読み)かみかたおかむら・しもかたおかむら

日本歴史地名大系 「上片岡村・下片岡村」の解説

上片岡村・下片岡村
かみかたおかむら・しもかたおかむら

[現在地名]大宇陀町大字上片岡・下片岡

大熊おおくま村西方丘陵の谷間に立地する。養和二年(一一八二)の「春日社記録」には「方岡」と書く。宇太水分神社古図には「片岡」とある。近世初頭は片岡村といい、幕府領(代官辻子和泉)慶長郷帳での村高五七二石。寛永郷帳には上片岡村(村高三一〇・三三石)、下片岡村(村高二六一・六七石)とみえるので、この頃までに分離独立したと考えられるが、「寛文朱印留」では依然片岡村となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む