上百町村(読み)かみひやくちようむら

日本歴史地名大系 「上百町村」の解説

上百町村
かみひやくちようむら

[現在地名]三橋町百町(ひやくちよう)

正行(まさゆき)村の東、沖端(おきのはた)川南岸にある。北は木本(きのもと)村。文禄四年(一五九五)の知行方目録にみえる「上士町村」一千三七八石余が当村にあたるとみられる。元和七年(一六二一)の郡村帳には上百町村とあり、玄蕃高一千四八〇石余・新田高一〇石余、小物成は山手米二石余・葭野年貢米一斗余。安永七年(一七七八)の御領中村々神社覚(伝習館文庫)には東百町村と西百町村とがあり、遅くともこの頃までに当村は東西に分村していた。西百町村の庄屋は、文化三年(一八〇六)から庄屋見習役となった嘉平次まで四代にわたり勤めていた。嘉平次は文政二年(一八一九)から遅くとも同六年までの間に同村の庄屋となり、同七年八月には三柱(みはしら)宮に金四〇〇疋を寄進。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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