上福万遺跡(読み)かみふくまんいせき

日本歴史地名大系 「上福万遺跡」の解説

上福万遺跡
かみふくまんいせき

[現在地名]米子市福万 北林・広畑・八久保田南

大山西麓の佐陀さだ川左岸の標高七〇メートルの扇状地上に営まれた縄文時代早期を中心とする集落跡で、古墳時代・奈良時代にも重複している。昭和五九年(一九八四)に中国横断自動車道岡山―米子線の建設工事に伴って発掘調査された。縄文時代早期の遺構では住居跡は検出されなかったが、土壙六四基・集石遺構三五基が検出されたほか、三万点に及ぶ土器石器類が出土し注目された。土器は尖底の鉢形土器で、楕円押形文や山形文の文様があり、高山寺式とよばれる形式の土器を中心とする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 石鏃 石錘 石斧

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む