上窪村(読み)かみくぼむら

日本歴史地名大系 「上窪村」の解説

上窪村
かみくぼむら

[現在地名]塩川町くぼ

下窪村の北、大塩おおしお川東岸に位置し、塩川組に属した。むかし村の北西に沼があり、その沼から明玉(明珠)が空に昇ったことから玉明たまあか村と称していたが、沼が涸れたので上窪の名になったという。本村の南に端村中窪がある(「新編会津風土記」など)。西は大塩川を挟み別符べつぷ村、文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録には上久保とみえ、高三七六石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む