日本歴史地名大系 「上谷保新田」の解説 上谷保新田かみやぼしんでん 東京都:国分寺市上谷保新田[現在地名]国分寺市西町(にしまち)一丁目・光町(ひかりちよう)二丁目榎戸(えのきど)新田字弁天(べんてん)・中藤(なかとう)新田の南にあり、東は平兵衛(へいべえ)新田、南は上谷保村(現国立市)、西は青柳(あおやぎ)村(現同上)。武蔵野新田の一。五軒家(ごけんや)と通称される。延享二年(一七四五)中藤村の忠右衛門が開発し、宝暦元年(一七五一)その弟清兵衛が移り住んだともされるが(武蔵野歴史地理)、開発の経緯などいっさい不明。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報