上越方村(読み)かみこしかたむら

日本歴史地名大系 「上越方村」の解説

上越方村
かみこしかたむら

[現在地名]美山村上越方

日高川の上流に位置し、北東川原河かわらごう村、東は浅間あさま村。「続風土記」に「阿田木六社権現の古き縁起に巾子形と書す、是本義なるへし、今村中川原の渡場の側に大石あり(中略)其形巾子こしに似たるを以て巾子形といひ終に是を村名とせるなり」と記す。慶長検地高目録には「上腰寺村」とみえ、高三三石余、小物成五斗五升二合であった。延宝六年(一六七八)の「日高鑑」によれば田畑二町八反余で高三四石余、家数八で内訳は本役三、無役二、庄屋・年寄各一など、人数二八、牛二、鉄砲三。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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