上野新黒門町(読み)うえのしんくろもんちよう

日本歴史地名大系 「上野新黒門町」の解説

上野新黒門町
うえのしんくろもんちよう

[現在地名]台東区上野(うえの)一丁目・同三丁目

下谷同朋(したやどうぼう)町西隣の長者町続上野御家来(ちようじやまちつづきうえのごけらい)屋敷の西にある。町の起立は不明だが、寛永三年(一六二六)に東叡山寛永寺の門前地になり、上野元黒門(うえのもとくろもん)町に続いて町屋になったので命名されたらしい。文久二年(一八六二)改正の尾張屋版切絵図では筋違(すじかい)御門から北に延びる下谷御成道が下谷広小路(上野広小路)に接続する地点南の両側に形成されている。西は伊勢亀山藩石川氏上屋敷、南は同屋敷と下総高岡藩井上氏上屋敷。正保江戸絵図には「御歩行衆」とあって町屋は確認できない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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