上野町二丁目(読み)うえのまちにちようめ

日本歴史地名大系 「上野町二丁目」の解説

上野町二丁目
うえのまちにちようめ

[現在地名]台東区上野四丁目・同六丁目

上野町一丁目の北に続く町で、東側は御徒組屋敷(仲御徒町三―四丁目)、西は上野北大門うえのきただいもん町・常楽院じようらくいん門前、北は下谷したや町一丁目・本光ほんこう寺。下谷広小路(上野広小路)の東裏、南北に通る道を挟んで四ヵ所にあり、沿革図書には延宝年間(一六七三―八一)以降「上野二丁目年貢町屋」と記載されている。町の規模は東側は間口八八間余で裏幅もおよそ同じ、奥行は南方三二間余・北方二九間余。西側は間口五〇間三尺・裏幅五三間余、奥行は南方一七間・北方二〇間(御府内備考)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む