上陰村(読み)かみかげむら

日本歴史地名大系 「上陰村」の解説

上陰村
かみかげむら

[現在地名]豊岡市上陰若松町わかまつちよう

高屋たかや村の北に位置し、北に中陰村、その北に下陰村が続く。中陰にある信楽しんぎよう寺の縁起によれば、信楽寺の前身は建久八年(一一九七)僧長信が当地内こん山に開いた真言宗熊野山善藤ぜんどう寺と伝える。文明一六年(一四八四)七月七日付の後土御門天皇綸旨(宣秀五位蔵人御教書案)によると「但州善法寺住持教空」が香衣着用を認められているが、この「善法寺」は善藤寺と解されている。江戸時代の領主変遷小尾崎こおざき村に同じ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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