下ノ川村(読み)しものがわむら

日本歴史地名大系 「下ノ川村」の解説

下ノ川村
しものがわむら

[現在地名]美杉村下之川しものがわ

雲出くもず川の支流八手俣はてまた川中流にあり、大谷おおたに川・不動口ふどうのぐち川・福原川・戸木へき川・下小坪谷しもこつぼだに川の合流地に位置する。北は八手俣村、南は下多気しもたげ村に接し、東はひげ(六八七・七メートル)尾根小原おはら(現嬉野町)に、西は高所たかんじよ山・うるし高原で八知やち村に接する。「五鈴遺響」には、古く戸木庄と称したとある。村内仲山なかやま神社(金生大明神)の御神体台座銘文(飯泉寺蔵)に建久九年(一一九八)とあり、社蔵棟札銘文にも正慶二年(一三三三)以降の年号のものがある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む