下三輪横穴墓群(読み)しもみわよこあなぼぐん

日本歴史地名大系 「下三輪横穴墓群」の解説

下三輪横穴墓群
しもみわよこあなぼぐん

[現在地名]町田市三輪町

鶴見(つるみ)川により開析された多摩丘陵のうち、支流の谷本(やもと)川右岸の中流域の玉田谷戸(ぎよくだやと)の南斜面に展開する横穴墓群。四基からなるが、第一号・第三号墓は、横穴内部天井が家形を呈するものとして著名。ともに奥壁幅二・五メートルほどの玄室と羨道の区分の不明確な台形平面を呈するもので、奥側を一段高くして造作している。第一号墓はアーチ状の玄室の天井に棟・束柱・軒・桷などを浮彫にするもの。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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