下久知村(読み)しもくぢむら

日本歴史地名大系 「下久知村」の解説

下久知村
しもくぢむら

[現在地名]両津市下久知

東は河崎(かわさき)村、西は城腰(じようのこし)村、南は久知河内(くぢかわち)村、北は両津湾に面する。米(よね)山(五四三・四メートル)を源として流れる久知川・河崎川に挟まれ、河崎川のほうを前沖(まえおき)、久知川のほうを上川原(かみかわら)・久知沖とよぶ。その細長い丘陵地から野崎(のざき)浜にかけて大上組・上組・馬ノ瀬上組・下組・荒城組・小路組・河原組・前野崎組・後野崎東組・後野崎西組の集落からなる。「和名抄」賀茂(かも)郡の勲知(くち)郷の遺称地。

元禄元年(一六八八)の取替申証文之事(三国太郎左衛門家蔵)によると、当村所属の五郎右衛門と城腰村所属の源十郎が地子・財産が同じということで、所属村を交換している。同七年の検地帳(下久知区有)では、田四六町八反余・畑一六町八反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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