下仙川村(読み)しもせんがわむら

日本歴史地名大系 「下仙川村」の解説

下仙川村
しもせんがわむら

[現在地名]調布市仙川町一―三丁目・緑ヶ丘みどりがおか一―二丁目・西つつじヶ丘にしつつじがおか二丁目、三鷹市北野きたの一―二丁目

現市域の北東端にある。南は入間いりま村、東は給田きゆうでん村・烏山からすやま(現世田谷区)、北は牟礼むれ(現三鷹市)。もとは西方の上仙川村・中仙川村(現同上)とともに一村であったが、近世初頭に三ヵ村に分れて成立したとされる。寛永二年(一六二五)に「下仙河村」一五〇石と開発地二〇石の計一七〇石が飯高弥五兵衛(貞次)に宛行われた(記録御用所本古文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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