下入野村(読み)しもいりのむら

日本歴史地名大系 「下入野村」の解説

下入野村
しもいりのむら

[現在地名]常澄村下入野

石川いしかわ川の南にあり、北は大場おおば村・森戸もりと村。西の台地上に円墳八基からなる下入野古墳群があり、寛政六年(一七九四)その一古墳から壺・大刀・管玉などが出土した。暦応三年(一三四〇)の恒富村公田注文写(吉田薬王院文書)に「入野 公田四町四段」とある。「新編常陸国誌」には「中世大掾氏ノ族、此ニ居リ入野氏トナル」と記す。近世は水戸藩領に属し、寛永一二年(一六三五)の水戸領郷高帳先高に「下入野村」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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