下内神村(読み)しもうちがみむら

日本歴史地名大系 「下内神村」の解説

下内神村
しもうちがみむら

[現在地名]三田市下内神・ゆりのき台(だい)・けやき台(だい)・あかしあ台(だい)

上井沢(かみいさわ)・下井沢両村の西、武庫(むこ)川右岸の河岸段丘と標高二〇〇メートル前後の高原に立地する。地内の井沢池・更(さら)池、また姥(うば)が谷・八坂(やさか)・十王(じゆうおう)谷・森(もり)が谷・小山田(おやまだ)・駒(こま)ヶ谷・七廻(ななまわ)り・平田(ひらた)谷と称される谷地からの分水が平谷(ひらたに)川に集まり内神川(武庫川支流)に流入している。北東部に箱木谷(はこぎたに)集落がある。慶長国絵図に下内神村・上内神村と並記され、両村を合せた高一千三四四石余。正保郷帳では下内神村として高一千一五三石余。享保五年(一七二〇)に下内神村から中内神村を分離したといい、御領分御高付覚(九鬼家文書)では下内神高五四一石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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