下加賀田村(読み)しもかがたむら

日本歴史地名大系 「下加賀田村」の解説

下加賀田村
しもかがたむら

[現在地名]友部町下加賀田

涸沼ひぬま川右岸にあり、東は橋爪はしづめ村、西は上加賀田村(現笠間市)。村の西半分は富士ふじ山に連なる山地になっている。中世宍戸氏の支配下にあったが、文禄元年(一五九二)から佐竹氏領となり、同五年の御蔵江納帳(秋田県立図書館蔵)に「高五百四拾六石此内百七拾六石一斗八升荒 かかた」とある。慶長七年(一六〇二)に秋田氏領となり、同年の御知行之覚(秋田家文書)に加賀田村として村高五六〇・八二石と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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