下原新田村(読み)しもはらしんでんむら

日本歴史地名大系 「下原新田村」の解説

下原新田村
しもはらしんでんむら

[現在地名]春日井市東野ひがしの町・六軒屋ろつけんや町・西島にしじま町・瑞穂みずほ通・うめつぼ町・ことぶき町・春見はるみ町・篠木しのぎ町・鳥居松とりいまつ

下原村の東南にあり、した街道を挟む台地である。もとは下原村の枝郷で下原新田起録(安藤直太朗氏蔵)によれば正保三年(一六四六)までは無年貢の地で、寛文三年(一六六三)までは、東野新田とよばれた(春日井市史)。寛文年間、犬山城主成瀬隼人正の許可を得て、甚右衛門以下五人衆が当時原野であった現在の春見町辺り五〇余町歩を開拓、苗字帯刀を許された。天和二年(一六八二)東野新田は蔵入地に編入(下原新田起録)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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