下吉影村(読み)しもよしかげむら

日本歴史地名大系 「下吉影村」の解説

下吉影村
しもよしかげむら

[現在地名]小川町下吉影

巴(ともえ)川の右岸に位置し、西は上合(かみあい)村。弘安大田文の南郡に「下影十一丁五段半」とみえる。康永元年(一三四二)八月一五日付の鹿島権守利氏申状(無量寿寺文書)によれば、下吉影村地頭職が元弘三年(一三三三)の鎌倉幕府滅亡に際し上野国世良田での合戦の勲功として、建武二年(一三三五)利氏に与えられている。佐竹家士知行目録(「新編常陸国誌」所収)には「茨木内下吉カケ」ともみえる。

天保郷帳には「古者下吉影村、町新田村弐ケ村」とあり、元禄郷帳の「町新田村」の項には「下吉影村枝郷」と注記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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