下坂村(読み)おりさかむら

日本歴史地名大系 「下坂村」の解説

下坂村
おりさかむら

[現在地名]郡家町下坂

奥谷おくだに村の北東私都きさいち川東岸に位置する。拝領高は四二五石余。本免四ツ七分。享保一九年(一七三四)の鈴木孫三郎所持本「因幡誌」によると高四五一石余、竈数二〇余。安政五年(一八五八)の村々生高竈数取調帳では生高四六九石余、竈数二八。中村・伏屋・朝倉の三氏の給地があった(給人所付帳)。藪役銀二匁余・川役米一石余を課されていた(藩史)。村内に山がなく肥草・牛馬飼草に不足する当村および稲荷いなり村・井古いご村・塚原つかはら村の四村は、享保一八年、一年限りの条件で禰宜谷ねぎだに(現鳥取市)の草山での草刈を願出、認められた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月節 (12月前半) のことで,太陽の黄経が 285°に達した日 (太陽暦の1月5日か6日) に始り大寒 (1月 20日か 21日) の前日までの約 15日間...

小寒の用語解説を読む