朝倉(読み)あさくら

精選版 日本国語大辞典 「朝倉」の意味・読み・例文・類語

あさくら【朝倉】

[1]
[一] 雄略天皇の宮があった所。現在の奈良県桜井市黒崎付近か。同市岩坂とも。校倉造りの倉庫、または神々を迎える朝の座などにちなむか。
[二] 斉明天皇西征の折に行宮(あんぐう)の置かれた所。現在の福岡県朝倉郡朝倉町須川とも同町山田ともいわれる。神楽歌にとりいれられ、その曲名和歌の題材として多く詠まれた。
※神楽歌(9C後)明星「〈本〉阿佐久良や木の丸殿に我が居れば」
更級(1059頃)「朝倉や今は雲居に聞くものをなほ木のまろが名のりをやする」
[三] 福岡県中央部にある郡。筑後川中流の北岸を占める。明治二九年(一八九六上座・下座・夜須の三郡が合併して成立
[2] 〘名〙
一節切(ひとよぎり)という尺八の手(曲)の一つ。
随筆・独寝(1724頃)上「尺八といふもの〈略〉朝倉、波間のたぐひ、おびただしう手あり」
咄本醒睡笑(1628)三「今の一袋は御重宝では御座ない。朝倉と申す山椒にて候」

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デジタル大辞泉 「朝倉」の意味・読み・例文・類語

あさくら【朝倉】

福岡県中部、筑後川中流の北岸にある市。北東山岳部には複数のダムがあり福岡市などの水源地。平野部では花卉かき栽培が盛ん。平成18年(2006)3月に甘木市杷木はき町・朝倉町が合併して成立。人口5.6万(2010)。
斉明天皇行宮あんぐうが置かれた所。今の福岡県朝倉市須川とも同市山田ともいわれる。
雄略天皇皇居のあった地。今の奈良県桜井市東部にあたる。

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改訂新版 世界大百科事典 「朝倉」の意味・わかりやすい解説

朝倉[市] (あさくら)

福岡県中部の市。2006年3月甘木(あまぎ)市と旧朝倉町,杷木(はき)町が合体して成立した。人口5万6355(2010)。

朝倉市中南部の旧町。旧朝倉郡所属。人口9560(2005)。南端を筑後川が流れ,北は旧甘木市に接する。筑紫山地に連なる北部を除くと,筑紫平野の東部にあたり,筑後川のはんらん平野から成る。中央部の比良松(ひらまつ)はかつて博多~日田の街道沿い(現国道386号線)の宿場として栄えた。大分自動車道のインターチェンジがある。主産業は農業で,米,麦のほかキュウリなどの野菜の施設園芸が盛ん。また山麓地帯の柿も一大産地をなす。661年,斉明天皇が百済救援の途次病没したといわれる朝倉行宮跡,重要文化財の薬師如来座像を有する南淋寺,恵蘚宿の隠家森(かくれがのもり)(幹まわり18mの大クス,天然記念物)などがある。南部の筑後川流域は県立自然公園に含まれる景勝地で,300年前より周辺約700haの水田をうるおしてきた山田堰,堀川にかかる水車などがある。
執筆者:

朝倉市中北部の旧市。1954年甘木町,秋月町と安川,上秋月,立石,三奈木,金川,蜷城(ひなしろ),福田,馬田の8村が合体,市制。人口4万1674(2005)。北半は馬見山(978m)を最高峰とする山地,南半は筑後平野の北部を占め,扇状地とそれに続く筑後川中流北岸のはんらん原が広がる。旧甘木町は小石原川の谷口に甘木山安長寺の門前町として古くから発達,江戸時代には豊後街道に沿う宿場町・市場町として栄え,明治以後も農業の盛んな朝倉郡の中心をなしてきた。秋月は1203年(建仁3)古処(こしよ)山(860m)に築城した秋月氏が16代居城し,1623年(元和9)から廃藩まで福岡黒田藩が5万石の支藩をおいた城下町であった。農業のほか家具,繊維,農薬などの諸工業に加えて,近年ビール,タイヤの大工場が立地し工業化も顕著である。特産のスイゼンジノリ,葛粉,特別天然記念物の古処山ツゲ原始林,90年代初めに発見された弥生集落跡の平塚川添遺跡(史)。県文化財の秋月城黒門・秋月眼鏡橋,江川ダム,寺内ダムなどがある。大分自動車道のインターチェンジがあり,鹿児島本線から分岐する甘木鉄道,久留米からの西鉄甘木線の各終点をなす。
執筆者:

朝倉市南東部,筑紫平野の最東端に位置する旧町。旧朝倉郡所属。人口8151(2005)。南端を西流する筑後川流域に沖積低地があるほかは筑紫山地に属する山地で占められる。古くは杷伎と記され,豊後への交通の要地であり,筑前国の東の要衝として秋月城の出城が置かれた。また近世は日田(ひた)街道の宿場町として栄えた。米作のほか,富有柿,ブドウなどの果樹栽培を営み,シイタケ,木材,竹製品も産する。志波(しわ)の円清寺は黒田如水ゆかりの寺で,高麗時代の朝鮮鐘(重要文化財)を伝え,普門院には鎌倉時代末期の遺構とされる本堂(重要文化財),藤原時代の木造十一面観音像(重要文化財)がある。また杷木神籠石(こうごいし)(史)が残る。毎年3月28日に行われる穂坂の阿蘇神社の泥打祭は,田の泥を投げあって農作物の豊凶を占う奇祭である。筑後川沿いに原鶴温泉,筑前林田温泉(放射能泉,25℃)がある。大分自動車道のインターチェンジがあり,国道386号線が通じる。
執筆者:

朝倉 (あさくら)

御神楽(みかぐら)に歌う神楽歌の曲名。儀式も終りに近づき夜が明けるころに歌われる。現行の歌詞は,〈本(もと) 朝倉や 木の丸(まろ)殿にや 吾が居れば 末(すえ) 吾が居れば 名乗りをしつつや 行くは誰〉。平安末期書写の《鍋島本神楽歌》に921年(延喜21)勅定によって神楽歌に編入されたと注記がある。この歌と《其駒(そのこま)》とはもと風俗歌(ふぞくうた)であったという。一説によれば他の歌詞も伝わるが,いずれも〈朝〉の句が入り,朝になった趣をあらわしている。
御神楽
執筆者:

朝倉(愛媛) (あさくら)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「朝倉」の意味・わかりやすい解説

朝倉
あさくら

愛媛県北部,高縄半島東測基部に広がる,今治市南部の旧村域。 1956年上朝倉村と下朝倉村が合体して朝倉村が成立。 2005年今治市,玉川町,波方町,大西町,菊間町,関前村,吉海町,宮窪町,伯方町,上浦町,大三島町と合体。山地が多いが,野菜栽培を中心とした近郊農業が行なわれる。伊予国の国府跡に近く,古墳群は県下最大で,6~7世紀の横穴式円墳が約 100基ある。なかでも七間塚古墳は内部が完全に残されている。根上り松は県内一の名木といわれている。一部は瀬戸内海国立公園に属する。

朝倉
あさくら

福岡県中部,朝倉市南部の旧町域。筑紫平野の北東部から三郡山地の山麓に位置する。 1955年朝倉村,宮野村,大福村が合体。 1957年吉井町と杷木町の一部を編入。 1962年町制施行。 2006年甘木市,杷木町と合体して朝倉市となる。中心地区の比良松は江戸時代には福岡から日田,大分方面へ通じる日田街道の宿場町として発達。周辺の平野部は扇状地などの沖積層からなり,米を中心に野菜,果樹の栽培が行なわれる。国の史跡の堀川用水および朝倉揚水車で知られ,国の重要文化財の薬師如来像を寺宝とする南淋寺,国の天然記念物の隠家森 (かくれがのもり) がある。

朝倉
あさくら

高知県中部,高知市中西部の地域。旧村域。 1942年高知市に編入。鏡川の右岸に位置し,古代から開けたため旧跡が多い。朝倉城跡は戦国時代の土佐の豪族本山梅慶の居城跡。式内社朝倉神社本殿は江戸時代初期修理の国の重要文化財。ほかに赤鬼山,朝倉古墳などもある。高知大学本部があり,住宅地化が進んでいる。

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動植物名よみかた辞典 普及版 「朝倉」の解説

朝倉 (アサクラ)

植物。ミカン科の園芸植物,薬用植物。アサクラザンショウの別称

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