下大島町(読み)しもおおじまちよう

日本歴史地名大系 「下大島町」の解説

下大島町
しもおおじまちよう

[現在地名]江東区大島一丁目・同四丁目

小名木おなぎ川北岸の町屋で、上大島町の東に続く。深川下大島ふかがわしもおおじま町とも称した。町域はほぼ同川沿岸ながら一部上大島町・大島村と入組んでいる。おおむね北は大島村・亀戸かめいど村、西は上大島町、東は大島村。文政町方書上によると、もとは大島村の内だったが、明暦三年(一六五七)小名木川沿岸の百姓が商売屋を始め、元禄一〇年(一六九七)永代売買・家作免許となり、宝永三年(一七〇六)より町奉行・代官の両支配となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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