下大市村(読み)しもおおいちむら

日本歴史地名大系 「下大市村」の解説

下大市村
しもおおいちむら

[現在地名]西宮市下大市東町(しもおおいちひがしまち)・下大市西町(しもおおいちにしまち)・上大市(かみおおいち)一―二丁目・同四丁目・野間町(のまちよう)・林田町(はやしだちよう)・門前町(もんぜんちよう)・若山町(わかやまちよう)・大島町(おおしまちよう)・門戸東町(もんどひがしまち)・門戸荘(もんどそう)・樋(ひ)ノ口町(くちちよう)一―二丁目・仁川町(にがわちよう)四―六丁目・仁川五(にがわご)ヶ山町(やまちよう)・仁川百合野町(にがわゆりのちよう)・上(うえ)ヶ原一番町(はらいちばんちよう)

武庫(むこ)川の西側氾濫原にある武庫郡の村。山陽道沿いに上大市村と北を接する。慶長国絵図では上大市村と同様、単に大市村とだけ記され村高も一括されている。正保郷帳には「下大市村 小村壱つ有」とみえ、高四〇八石余・新田高六三石余。度重なる武庫川の洪水により、享和三年(一八〇三)の村明細書上帳(中島家文書)では荒地砂山高が一二三石余に及んでいる。また同帳によると樋口(ひのくち)新田に一二石余の出作があった。領主の変遷は下新田(しもしんでん)村と同じ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報