下大桑町(読み)しもおおくわちよう

日本歴史地名大系 「下大桑町」の解説

下大桑町
しもおおくわちよう

[現在地名]岐阜市下大桑町

中大桑町の西に位置する東西に延びる両側町。下大久和町とも記される。北方長良川南西流し、西端は岐阜町惣構堤に突当たり西町口の一にあたる。また西端近くを南に折れ甚右横じんえいよこ町に至る横町が延びる。斎藤道三による城下町建設により成立したとされる(旧岐阜市史)。岐阜町四四町の一で、承応町絵図に町名がみえ、甚右横町に至る横町には「メクラヨコ丁」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む