下寺尾村(読み)しもてらおむら

日本歴史地名大系 「下寺尾村」の解説

下寺尾村
しもてらおむら

[現在地名]茅ヶ崎市下寺尾

西境を小出こいで川が流れ、東南は丘陵で、東はつつみ村と接する。平安から鎌倉時代初期まで海円かいえん院領であったといわれる(皇国地誌)。天正一九年(一五九一)旗本松平忠政への知行宛行状(県史八)に「東郡下寺尾之内を以三百石」とある。寛永二年(一六二五)旗本松平・筧・永井領の三給。文政三年(一八二〇)藤沢宿加助郷を勤めた(「藤沢宿および立場書上帳」藤沢市史二)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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