下小島村(読み)しもこじまむら

日本歴史地名大系 「下小島村」の解説

下小島村
しもこじまむら

[現在地名]浜北市中瀬なかぜ

豊田とよだ郡に所属。中野なかの村の南、天竜川右岸の氾濫原に立地する。江戸時代の支配領主の変遷中条なかじよう村に同じ。もと小島村として一村であったが、正保年間(一六四四―四八)以降に上小島・下小島に分村という(遠江国風土記伝)。松平忠頼領郷村帳に小島村とみえ、高九三石余、畑一一町三反余、うち二九石余は川成。正保郷帳でも小島村で、畑方九三石余。延宝五年(一六七七)の浜松町村家数高間尺帳に下小島村とみえ、高五五石余、家数一六。元禄郷帳では高四七石余。享保四年(一七一九)の国領組諸色覚帳(岡部家文書)によれば高五五石余、家数九・人数一〇三、馬一。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む