下弘部村(読み)しもひろべむら

日本歴史地名大系 「下弘部村」の解説

下弘部村
しもひろべむら

[現在地名]今津町下弘部

石田(いしだ)川右岸にあり、九里半(くりはん)街道に沿い、東は弘川(ひろかわ)村、西は上弘部村。暦応四年(一三四一)三月二日の某寄進状写(法観雑記)に善積(よしづみ)庄内「ヒロヘノカウ」とみえ、二条姫君(水無瀬殿)相伝所領の弘部郷領家職が法観(ほうかん)寺(現京都市東山区)へ寄進された。応永八年(一四〇一)六月八日の足利義満御教書(法観寺文書)に弘部郷とあり、領家職が法観寺に安堵されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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