下当新田村(読み)しもとしんでんむら

日本歴史地名大系 「下当新田村」の解説

下当新田村
しもとしんでんむら

[現在地名]遊佐町当山とうやま

下当村の西にあり、西は山崎やまざき村。下当村は山麓田畑が少なかったため、寛永七年(一六三〇)下当村農民一七人が一三石余を開墾し当村が成立した。その後開田が進み、承応三年(一六五四)には四九石余、名請人の数は二〇となり、明暦二年(一六五六)には五二石余となった。しかし下当村の入作が多く、二〇人のうち当村の名請人は四人であった。肝煎は当初親村の下当村が兼帯したが、のち当村の金四郎が勤め、承応三年にはぬい之助に代わった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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