日本歴史地名大系 「下忍村」の解説 下忍村しもおしむら 埼玉県:行田市下忍村[現在地名]行田市下忍・駒形(こまがた)一丁目・佐間(さま)三丁目、北足立郡吹上(ふきあげ)町下忍北は忍城に接し、東は佐間・樋上(ひのうえ)・堤根(つつみね)の三村、南は袋(ふくろ)村(現吹上町)および元荒川を隔てて足立郡吹上村(現同上)。村域の現行田市分は小名箱根田(はこねだ)・京田(きようでん)・高畑(たかはた)・東谷(ひがしや)・西谷、現吹上町分は向(むかえ)・中(なか)・砂山(すなやま)・角戸(つのと)・宿(しゆく)。古墳時代後期の愛宕山(あたごやま)古墳・宝養寺(ほうようじ)古墳・天神山(てんじんやま)古墳、および古墳時代前期の高畑(たかばたけ)遺跡などがある。「風土記稿」は「下ト分チ唱フルハ忍城ニ対シテ云ナルヘシ」とする。「吾妻鏡」建久元年(一一九〇)一一月七日条などに忍三郎・同五郎の名がみえる。天正一〇年(一五八二)の成田家分限帳に下忍主殿(永一五貫文)がある。永禄七年(一五六四)の九月六日付長尾景長書状(河田文書)に「忍・久下之間ニ号清水地」とみえ、沼田(ぬまた)城(現群馬県沼田市)の将河田長親に北条氏の清水(しみず)張陣などが伝えられている。 下忍村しもおしむら 埼玉県:北足立郡吹上町下忍村[現在地名]吹上町下忍、行田市下忍・駒形(こまがた)一丁目・佐間(さま)三丁目鎌塚(かまつか)村の東、元荒川の北東側に位置し、集落は川からやや離れた自然堤防上にある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by