下戸祭村(読み)しもとまつりむら

日本歴史地名大系 「下戸祭村」の解説

下戸祭村
しもとまつりむら

[現在地名]宇都宮戸祭とまつり一―四丁目・戸祭元町とまつりもとちよう・下戸祭一―二丁目・清住きよすみ一丁目・星が丘ほしがおか一―二丁目・松原まつばら一―三丁目・中一の沢町なかいちのさわまちさくら二丁目・同四―五丁目・中戸祭なかとまつり一丁目・東宝木町ひがしたからぎちよう東戸祭ひがしとまつり一丁目・昭和しようわ三丁目・大曾おおそ二丁目・塙田はなわだ五丁目・戸祭町

北は上戸祭村、南は塙田村西原にしはら村に接する低丘陵地帯の純農村。文明二年(一四七〇)宇都宮正綱の弟戸祭備中守高定が館を構えたと伝える。戸祭求馬覚書(戸祭文書)によれば、戸祭氏の本姓は芳賀氏で、先祖の最初の所領は「戸祭村 汗村」で、高六七貫三七〇文、のちに高四〇三石という。宇都宮城付領分。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む