下月隈村(読み)しもつきぐまむら

日本歴史地名大系 「下月隈村」の解説

下月隈村
しもつきぐまむら

[現在地名]博多区東那珂(ひがしなか)二―三丁目・東月隈(ひがしつきぐま)一―五丁目・東平尾(ひがしひらお)三丁目・東平尾公園(ひがしひらおこうえん)二丁目・月隈一―四丁目・西月隈(にしつきぐま)三丁目・下月隈

席田(むしろだ)郡に所属。御笠(みかさ)川中流右岸、上月隈村の北に位置する。小早川時代の指出前之帳では下月隈村の田一〇〇町九反余(分米一千二六六石余)・畠一〇町六反余(分大豆六一石余)。慶長七年(一六〇二)の検地高一千八〇六石余、うち大豆九五石余(慶長石高帳)。元禄五年(一六九二)には高一千八二四石余(田圃志)。石高書上帳案の郡帳高一千八三一石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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