下木作村(読み)しもきつくりむら

日本歴史地名大系 「下木作村」の解説

下木作村
しもきつくりむら

[現在地名]木造町 花餅はなもち森内もりうち森山もりやま森川もりかわ森本もりもと

南東上木作かみきつくり村、南は吉岡よしおか村に続き、田圃を隔てて西に下中館しもなかたて村。

延宝年間(一六七三―八一)の開村という(西津軽郡史)。また遠くからこの地方に移ってきた時は、まずこの村に仮の住居を定めたので、入込いりこみ村とも称したという(木造町沿革史)。天和三年(一六八三)の広須御新田所図に「下木作」とみえる。村名の作と造の字は混同して使用されている。享保一二年(一七二七)木造新田に属し、木造通三五ヵ村の一つで村位は下とある(平山日記)。元文元年(一七三六)検地帳によれば、田畑屋敷合せて三〇町八反五畝二八歩、村高二一一・三三九石であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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