下木城跡(読み)しもきじようあと

日本歴史地名大系 「下木城跡」の解説

下木城跡
しもきじようあと

[現在地名]宇和町東多田

「宇和旧記」に「東多田村下木城、城主は宇都宮永綱と云、此末裔忠綱、貞綱、伊綱、三河守直綱、石見守宣綱也」とある。西園寺氏の下で多田殿宇都宮氏といわれ、岩野(いわの)郷内で三千四〇〇石を領した。直綱は蔵(くら)村(現野村町)鎌田(かまのた)城主ともなり、宣綱は天正一六年(一五八八)死去した。「清良記」は信綱(宣綱)を大洲(おおず)の宇都宮豊綱の甥とする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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