下栗須村(読み)しもくりすむら

日本歴史地名大系 「下栗須村」の解説

下栗須村
しもくりすむら

[現在地名]藤岡市下栗須

下戸塚しもとづか村の西、南は藤岡町、西は中栗須村、北は立石たついし村に接する。村央を十石じつこく街道が南北に抜ける。一帯は一二世紀前半に成立した高山たかやま御厨に属し、栗須郷と称された。貞和五年(一三四九)「栗須郷瓜生右衛門六郎跡」は、足利尊氏より小林中村弥次郎実達に安堵されている(同年八月二八日「高師直奉書」尊経閣文庫蔵)。現多野たの上野うえの泉龍せんりゆう寺蔵の大般若経巻九八は、奥書によると永徳二年(一三八二)閏正月に「高山庄栗栖南殿」で書写された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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