下桂庄(読み)しもかつらのしよう

日本歴史地名大系 「下桂庄」の解説

下桂庄
しもかつらのしよう

庄名から桂付近と考えられる。近衛家領の桂殿も下桂庄と称したが、その桂殿とは別個の荘園

建久二年(一一九一)長講堂領目録(島田文書)にみえ、当時の雑公事として正月に簾二間、畳二枚、砂三両、三月に砂二両、五月に菖蒲二駄、畳一枚、臨時召人夫として御八講・歳末の掃除、舁行幸役等があげられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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