後白河(ごしらかわ)法皇が院御所六条殿(ろくじょうどの)に営んだ持仏堂長講堂の所領。長講堂とは法華経(ほけきょう)を長期にわたって講ずる堂をいう。後白河法皇の長講堂は1177年(治承1)から記録にみえるが、六条殿内のものは1183~85年(寿永2~文治1)の間に造営され、長講堂領はそれに付属する所領群として、法皇の寄進などによって成立。1191年(建久2)には88か所、1407年(応永14)の所領目録では112か所に及んでいる。1192年、後白河法皇は皇女の宣陽門院(せんようもんいん)(覲子内親王)に六条殿、長講堂、およびその所領を譲った。1221年(承久3)の承久(じょうきゅう)の乱の結果、鎌倉幕府はいったん長講堂領を没収したが、翌22年(貞応1)宣陽門院に返還した。宣陽門院は関白近衛家実(このえいえざね)の娘長子(鷹司院(たかつかさいん)、後堀河(ごほりかわ)天皇の中宮)に長講堂領を譲り、そののち後深草(ごふかくさ)天皇に伝えようとしたが、後嵯峨(ごさが)上皇(後深草の父)の申し入れで、長子を経ずに直接後深草に譲ることに改めた。1252年(建長4)宣陽門院の没後、長講堂領は後深草天皇が伝領するが、一時、後嵯峨上皇が管領し、1267年(文永4)になって後深草に引き渡された。後深草のあとは、伏見(ふしみ)、後伏見(ごふしみ)上皇ら持明院(じみょういん)統の皇統に伝えられ、1333年(元弘3・正慶2)大覚寺(だいかくじ)統の後醍醐(ごだいご)天皇が、幕府のたてた持明院統の光厳(こうごん)天皇を廃し、幕府を滅ぼした際にも、長講堂領は後伏見上皇に安堵(あんど)された。後伏見ののち、光厳、崇光(すこう)上皇に伝えられたが、崇光ののちは、崇光系とその弟の後光厳(ごこうごん)天皇系との間で皇位や所領をめぐる紛争が室町前期まで続いた。長講堂領は最大の皇室所領群として、持明院統の経済的基盤としての役割を果たしてきたが、この時期以降はしだいに衰退し、その役割は大きく後退した。なお、長講堂はその後移転を重ねたが、1588年(天正16)豊臣(とよとみ)秀吉の命で、京都市下京区本塩釜(もとしおがま)町の現在地に移り、後白河法皇の木像などを伝えている。
[上横手雅敬]
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後白河上皇が六条西洞院の仙洞御所に営んだ持仏堂長講堂に付属された膨大な皇室領荘園群。鎌倉後期には持明院統に伝わり,その経済的基盤となった。1192年(建久3)3月,上皇から皇女宣陽門院に譲与され,承久の乱後いったん幕府に没収されたがまもなく返還。その後,宣陽門院の養女(近衛家実の女)で後堀河天皇の中宮となった鷹司院をへて後深草天皇に譲られ,以後,大覚寺統の干渉をうけつつも,持明院統の歴代天皇に伝わり南北朝期をむかえた。室町時代でも皇室の重要な経済的基盤だったが,1413年(応永20)の目録では大半を守護に押領(おうりょう)されている。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報
…ついで法皇は重病になると,翌年1月,5ヵ条からなる《長講堂起請》を書き,長講堂の護持・運営と仏法興隆のために,僧の任命,仏事,荘園の管理,堂舎の修理などに関する具体的な条規を定めた。この,法皇が寄進した所領・荘園が長講堂領の基幹をなした。それは,42ヵ国89ヵ所におよび,米5384石,絹1216疋,糸4274両,綿2万0256両,白布2790反,鉄1万廷以下の膨大な収入が予定されていた。…
…これらの皇室領荘園は,荘園群として女院(によいん)領,御願寺(ごがんじ)領というかたちで伝領された。後白河院によって12世紀末に創設された長講堂領に含まれる荘園には平田荘(鶉,革手,市俣,加納),蜂屋荘など,七条院領には鵜飼荘,弾正荘,美濃国分寺,八条院領には多芸荘,古橋荘など,歓喜光院領には久々利荘,鵜沼荘などがあり,その数は膨大なものであった。摂関家領は,現在25ないし26ヵ所が確認されており,これらの荘園のほとんどが摂関政治後期から院政初期に摂関家の支配下に入った。…
…しかし幕府は逆に法皇の内意を問い,法皇の中宮であった大宮院の証言により亀山天皇の親政と決定された。一方,皇室領荘園のうち長講堂領が持明院統に伝領されたほかは,八条院領,室町院領などの帰属があいまいなままに残され,その帰属をめぐって両統の間に対立が生じ,天皇家を分裂させることとなった。亀山天皇は皇子世仁親王(後宇多天皇)に位を譲ったが,その際後深草上皇の意をおもんぱかった幕府の執権北条時宗の斡旋によって,後深草の皇子熙仁親王が亀山天皇の猶子として皇太子に立った。…
※「長講堂領」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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