下渋佐村(読み)しもしぶさむら

日本歴史地名大系 「下渋佐村」の解説

下渋佐村
しもしぶさむら

[現在地名]原町市下渋佐

新田にいだ川河口付近の太平洋岸に位置し、西は上渋佐村、南は萱浜かいばま村。中世には内山総三村の村域の一部に比定される。江戸初期には渋佐村の内で、承応三年(一六五四)当村と上渋佐村に分村(奥相志)。「相馬藩政史」は明暦二年(一六五六)の分村とする。同年の高一一九石余(同書)元禄郷帳によると高一五四石余。なお元禄検地高は四二四石余、ほかに新田三三石余がある(奥相志)。天保郷帳では高一九六石余。天明三年(一七八三)の家数四八、嘉永元年(一八四八)の家数二六(検地石高収納戸口等調)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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